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PROFILE

    名前:Joe
    2005年1月1日現在 日本で日本企業に勤める一般的女性。
    2005年6月にドイツでドイツ人の彼との結婚を計画してます。⇒結婚しました!

    ただいま、ドイツ語と格闘しながらドイツでの生活を満喫(?)してます。

    2008年8月、娘が生まれました。

    趣味:読書/映画鑑賞/旅行/ビールを飲むこと??

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2006.03.09 Thu

ドイツの冬の食卓




まだまだ寒いので食卓も冬模様。これはレバーソーセージとBlutソーセージ(血のソーセージ)です。マッシュポテトとサワークラウトと一緒に食べます。
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2005.01.26 Wed

腹心の上司

 私の生涯の愛読書の1つは「赤毛のアン」である。カナダのグリーンゲイブルズの美しい自然を舞台にし、孤児だったアンが大人になる様子を描いた、誰でも知っている本である。その中でアンから「腹心の友」と呼ばれる人が登場する。同い年のダイアナ、ダイアナの伯母のジョセフィン伯母さん。そしてアンの勉強への情熱をひきだし、輝かしい未来へと導くミス・ステイシーである。
 私の元上司のSさんは私にとってのミス・ステイシーであった。

 Sさん。去年5月です。事業拡大のため組織変更が行われ、私はSさんの下で働くことになったのは。すらっとと背が高く、南米系の顔を持つSさんは、実は私の好みのタイプなんですよ、知ってました? その後私はすぐにタイ出張になり、直接ちゃんとお話したのは、そのタイででしたね。その時のタイ出張。最高でした。 毎日、お昼と夕飯はおいしいタイ料理、食べましたね。(一緒にいったTさんは常にハエを追っ払っていましたね。)Tさんといえば、一緒にカラオケ行ったのも、その時ですよね。まだステップ、覚えてますか? 最近私はTさんにマツケンサンバのビデオを見せられましたよ。次のタイ出張ではきっと披露すると思うので、予習しないと、ですよ。(密かに実は練習しています。)
 どんな時も、どんな人にも公平で、自分のわがままと突き通す、Sさんの姿勢に、私は安心して仕事をすることができました。どんなことをしても、どんな失敗をしても最後には私達部下をかばってくれることを知っていたから。
 こんなことも、ありましたね。覚えていますか? タイ出張中に残業をつけられなかった分、次の月に上限ギリギリの39時間の残業をつけて提出した翌日、Sさんは就業後、つかつかと私の前に来て、「XXさん(私の名前)、残業ちょっとおおいんじゃない」って。私はてっきり、残業をごまかしてつけたのがばれたと思い、いや、前つけなかった分つけたなどと、ごちゃごちゃと言い訳しました。そしたら、「いや、仕事が多いんだったら減らそうか。」とか言いましたね。まだそんなにSさんのことを知らなかった私は、暗に自分の無能さを言われたのかと思って、一瞬悩んだりしちゃいましたよ。でも、その後、Sさん、あなたは「いや、健康が心配だから。。」って。私はそれまで、夜10、11時まで残業するのが普通の部署にいて、残業するのが普通だとおもっていたので、一瞬何を言っているのかわからなかったですよ。でも、私達みんな知っているんです。Sさん、あなたが一番よく働いているって。退社するのは早くても、おうちに着いてからまた仕事をしているのを。夜中や休日の時間を示すメールが何よりの証拠です。
 私とTさんがふざけて書いた、タイ文字のメールにいつも必ず最初に反応するのもSさんでしたね。ある日、うれしそうに買ったばかりのタイ語の辞書をうれしそうに見せてくれましたね。いつの日か、Sさんが帰った後にタイ語を書いた付箋を机の上に置いたのは私です。なんて書いたかわかりましたか?
 私達が何かをした後、必ず素直に誉めてくれるのは、Sさんでした。実は、Sさんに"すばらしい"と言われたくて、がんばっていたのですよ。(昨日、95点だったグラフは、きちんと直しておきましたよ。ハナマルがほしかったので。。)
 毎週のエクゼクティブミーティングでもいつも私達のTeamを誉めてくれて、ありがとうございます。最近はあのパッケージに自分のDataを少しでも使ってくれないかなとおもって、Data整理の仕方を工夫し始めたんですよ。自分のDataが載ったときには密かにガッツボーズを心で決めています。
 そんなSさんに初めて私の退職の話をしたのは11月のはじめでした。実は、家族を抜かし、私がこの話をしたのは、Sさんが最初ですよ。せっかく、Sさんの下でのびのびと働いていたのに、また新たな組織変更であなたは、私達の元を離れ、違う組織の長になってしまいましたね。実質的には、Sさんの出世ですが、残された私はとっても不安でした。しかもその時にはもう3月には退職すると決め、私の最後の上司はSさんだった、よい所ではたらけた、よかったなあ、と安心していたのに。またもや、突然の組織変更で心は揺れましたが、私の最後の上司はSさんと決めていたので、ちょっと早いけどお話させていただきました。そのときのSさんの反応は私が予想した通りでしたよ。
 始めはやはりびっくりしたようですが、ひとこと”そうだよなあ”って言いましたね。そして一度も”考え直してみたら”といいませんでしたね。私もSさんなら、きっと引き止めることはしないと思ってましたよ。もう決心が固いことを知っているから。そして、"次のManagerには僕のほうから伝えておくから"とおっしゃってくれました。これで、すごく安心しましたよ。
 その後はその話題に触れることもなく、1月を迎え、もう一度退職についてもメールを出した時は、残念だけど了解しました。とお返事を頂きました。

 そして本日の午後。全体会議の場で、新しい組織の長として、挨拶の機会を得たSさん、普段めったに着ないジャケットを羽織って、"僕、壇上に一度あがってみたかったんだ”って茶目っ気をだしながら、スピーチしましたね。そんな、全体会議で挨拶をするほど、遠くに行ってしまったんだなあってちょっとさびしく思いましたよ。そしてその席で何を言うのかと待っていたら、あなたはこう始めましたね。"僕は、今の会社に危機感を感じる。特に、若い、優秀なEngineerがやめていくことに強い危機感を感じる"って。若い、優秀なEngineerって私のことですか??(思い上がり?)
それだったら、ものすごーく、うれしいです。憧れ、尊敬するあなたに少しでも認められたのなら、そして私が辞めていくことに対し、少なからずImpactがあると感じていらっしゃるなら。これほどうれしいことはありません。

 そのMeetingの後、フラッと私の机まで来て、"そろそろ(私の退職のこと)発表しようか。"って。私は”お任せします。”と一言。

 来月、私は最後のタイ出張に行きます。Sさん、ぜひぜひきてください。Tさんも一緒です。Sさんの我儘を止められる人はいないので、Sさんが”行く”っていったら、きっと大丈夫でしょう。またカラオケで踊りましょう。今度の課題曲はマツケンサンバです。絶対予習してきてくださいね。

 うちの会社は決して理想な会社ではないかもしれないけど、こんなSさんが適切な評価を受け、適切な役職に着いているうちは、そんな捨てたもんじゃないと思う。私は残念ながらこの会社を離れてしまうが、こんな上司に出会えた私は本当に幸せだと思う。こんなことは、決して面と向かってはいえないので、ここだけのは・な・し。
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